はむすた母娘、空元気も元気!

末っ子女子大生とその母が、2人3脚でブログしてます。

『母性という神話』以前に・・・

 

前回の「母性という神話」は中流以上の階層の話をもとにしています

17~18世紀のフランスを思うと、中流以上というのは少数派です

多くの人たちはどうっだったのかを探ってみると

モヤモヤするところがたくさんあるので、ついつい資料に当たってしまいました

今回も続きのような話です

 

 

ルソーだって・・・

 

未婚の親の出産が「困りもの」であることは、

18世紀のフランスでも同じことだ

『エミール』と言う理想を掲げたルソーにしても、

結婚前に5人の自分の子を「捨児養育院」に送り込んだことを『告白』している

 

 

「捨児養育院」と言うのは、

様々な事情で育てられない子供を預かる施設ではある

奥歯にものが挟まったような言い方になるのは、

理想は「子供を預かって育てる施設」ではあるけれど

現実には厄介払いされた子供たちはほとんど育たない場所だからだ

送り込んだ親たちは、子供の将来にほとんど関心を持たない

 

それでも、養育院ができる前の時代には

教会に置き去りにされたり、道路に捨てられたりしたのだった

寒い時期なら生き延びられることはまずない

直接的な子殺しもあった

 

 

養育院の「理念」は、親を追い詰めないようにとても配慮されたものだ

子供は「遺失物扱い」で、それを国家から預かるという形で扶養、養育、教育される

その宣伝効果は絶大で、パリにある施設には全フランスから子供たちが送り込まれた

捨て子を養育院に連れて行くのは産婆だったり、

運び屋とよばれる専門業者的な存在までいた

 

お金をもらって子供を運ぶ「運び屋」にしてみれば

多くの子供を運ぶ方がお金になるわけで、

後のことを気にしない親の事情を知るだけに、

子供を大事に扱う必要などは感じていない

荷物として運びやすいように

しっかり「おくるみ」にくるまれて身動きができず

ろくに水分(ミルクでさえない)も与えられずに数日を過ごす

赤子がどうなるかは書くまでもない事だ

 

 

子供を「困りもの」と考えるのは、未婚の親ばかりではない

貧困によって育てられないと判断された子供も相当数いたし、

兵士として赴任した先でできた子供を送り込むものもいた

本来は今回の話の対象とならない上流階級の子供も含まれている

これらは「いつか引き取ることができたら」と

目印に残したものから類推される一握りの親の姿だ

(多くは目印すら残していない

 ルソーも目印を持たせたのは最初の一人だけだった)

 

 

養育院にたどり着いた子供の記録は、意外なほどに残されている

(我が国だったら、無用な忖度によってとっくに破棄されそうなものだ)

少ない年で300人ほど、

ピーク時の18世紀に年間7000人を収容した記録が残されている

このうち1歳の誕生日を迎えられたものは、

全体の10~50パーセントと記録されている

(預かり数が多くなるにしたがって、生き延びる数は減っていった)

 

 

 

同じころの日本は?

 

17~18世紀と言うと、日本では江戸時代に当たる

 

正確なものとは言えそうにないが、戸籍は存在する

これまた奥歯にものがはさまるのは、男女比が極端に違うからだ

たいてい男性が多すぎる

何が行われたかと言えば「口減らし」だろう

労働力として期待される男性が家に残されたことが考えられる

 

 

江戸時代、出生率は意外と低かったと考えられている

家を存続させる長子は、結婚し子供を設けるが

他の男子は婚姻の機会が少なかったと思われるからだ

 

戸籍に残らなかった女性が、子供を産んだかどうか

その子が育ったかどうか

豊かな暮らしができたとは思えないので、

想像するに「難しい」と思われる

 

 

では現代は?

 

新生児死亡率、乳幼児死亡率は劇的に少なくなった

特に日本は、1歳未満の死亡率の低さは世界でも指折りだ

 

が、しかし日本のことを言えば

1948年に優生保護法が施行されてからの「中絶」数はどうだろう

1949年の施行数が約10万件

1957年の施行数は112万件(ピーク時)

2000年の施行数は34万件

 

 

子供を自分の手で育てないということ

 

これを書くとまたあちこちからストップがかかりそうだけれど

私は「育てられないと判断するなら、託してもいい」と考えている

ルソーは『告白』の中で

「子供のために最善の方法、あるいは自分が最善と信じた方法を選んだ」

と言い訳しているが、判断できるならそれはそれでいいと思うのだ

 

 

子供を育てられない事情は、いつの時代でも通じるものがある

切羽詰まった事情がいつの時代にもあるのだ

そして、

「子育てをしたいが、かなっていない」切羽詰まった事情の人も存在する

 

 

「理想の親」「母性」「父性」

そんな言葉に後ろめたさを感じて、

「いつか育てられる時が来たら」

と判断を先送りせざるを得ない人たちがいる

 

そうはいっても「子供の時」は短い

そして「子供にとっての1日は長い」

 

 

「無責任この上ないように見えるルソーの判断」は

ある意味、本気の善意の判断なのだと私は思う

もちろん「少しくらいリサーチしてくれればいいのに」と思わないでもない

それでも

いつだって、誰にだって、未来を見通せる力はないのだから

子供にとって何が最善かなんてわからない

 

 

どのみち親は親で生きていかなければならないし

親元にいることに子供の不幸が見えているとしたら、

親としては別の「最善」を探るしかない

 

 

「自分には無理だ」「共倒れしてしまう」と思うなら、

「短い子供の時」を思ってベターな方法を選びたい

「子供の長い一日」を思って、幸せな時間を過ごさせてあげたい

 

 

子供にとって少しでも良い選択を、

多くの親が誰にも追い詰められることなくできる世の中にしたい

無理のない判断ができるように

その判断が幸せなものになるように

「判断する重みを感じる人を尊重すること」

を、私は言い続けていきたいと思う

 

 

 

 

参考

『二宮宏之著作集』

『歴史的にみた日本の人口と家族』 縄田康光

『人工中絶実施件数』厚生省

ほか

 

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