はむすた母娘、空元気も元気!

末っ子女子大生とその母が、2人3脚でブログしてます。

切迫流産から始まる妊娠・出産と、ありがたかったサポート 第1子編

 

 

 

私は妊娠期間を、ほぼ「寝たきり」で過ごします。

3人の子供を出産していますが、生まれなかった子供もいます。

 

 

3人の子供が生まれてこられたのは、

たくさんの方のご協力あってのことでした。

心から感謝しています。

 

 

世の中には元気な妊婦さんもいますが、

「中には、こんな人もいるよ~」

という話です。

 

 

今回は、平成4年に生まれた第1子編です。

 

 

目次

 

 

 体質

 

もともと生理不順がありました。

生理痛もかなり重い方で、

生理前日から3~4日は動くのが「かなりしんどいタイプ」でした。

 

 

鉄分が体につきにくい体質のようで

まぶたの内側を見ると通常でも「うすいピンク色」です。

比重が軽いために献血ができません。

鉄剤を飲んでも、一時しか持ちません。

 

 

アレルギー体質です。

子供のころからアトピーがあります。

第一子妊娠中に喘息も発症しています。

 

 

妊娠発覚

 

生理が遅れること2週間目で、量の少なめの出血が始まり15日間続きました。

妊娠とは思わずにとりあえず産婦人科を受診しました。

超音波診断で妊娠が確認され、妊娠6週・切迫流産と診断されました。

その場で入院になりました。

 

 

入院準備をしに帰宅したい旨を申し出ると

担当した先生に

「帰宅したら、母子ともに命の保証はできない。」

と、その場で言われて

やっと事の重大さを自覚しました。

 

 

 

その日にしていただいたサポート

 

この日から、主人は出張で出かけたところでした。

主人への連絡、当初の入院手続き等を

当時住んでいた社宅の友人が引き受けてくれました。

 

おかげさまで、その日の夜中に

主人が病院に駆けつけることができました。

 

 

翌日、改めて主人が入院手続きをしました。

私の仕事先である、個人レッスンのピアノの生徒さんのもとに

お休みの連絡と、事情の説明をしてくれました。

 (平成3年当時、携帯電話を持っていませんでした。

 最終的に、ほぼ1年の休業になりました。)

 

 

当時、遠方に住んでいた主人の両親も、私の両親も全員が仕事を持っていたこと、

それまでに何度か流産の経験があったことなどを考えて

その時点での親族への連絡はしないことにしました。

 

 

入院生活 

 

入院1週間目 (妊娠6週)

・上向きで寝ていること (寝返り禁止)

  (おなかの張りを見張る機械の取り付けていた)

・張り止め(子宮の収縮を抑える薬)を点滴 (24時間)

・尿管を付ける

・横になったままの流動食

 

 

・出血がある程度続いていました。

・おなかの張りが自覚できるようになるに伴って、

 常に弱い生理痛のような痛みを感じるようになりました。

・動けないこともあって、体の痛みがつらかったです。

 

 

 

入院2週間目 (妊娠7週)

・張り止めの点滴 (24時間)

・歩行禁止

・ベットわきにポータブルトイレを使用

・食事のみ座って取る (減塩半がゆ)

・軽めの下剤 (顆粒の漢方薬で量を調整)

 

 

・出血量は、ほぼなくなりました。

・寝返りをするとおなかに張りを感じたので、上を向いて過ごしました。

・左手に長期間点滴の針をつけられる血管がなくて、右手首に点滴をしていました。

 そのため、お箸を左手で使うことになりました。

 意外と使えるようになるもので、3日目には不便はありませんでした。

・ラジオを持ってきてもらい、イヤホンで聞いて過ごしました。

 

 

担当医に言ってもらった 最高のサポート

 

このころに、担当医に

「どんなに頑張って助けても、育たない子どもがいるから、

 もしだめでも、そういうものだと思ってください。

 生まれるつもりのない子どもは

 生まれてこないのだと考えてください。」

と言われたことが、印象に残っています。

 

おかげさまで、

「この子はここに生まれたいから、生まれてきたんだ。」

と思うことができました。

「どうしてここに生まれてきたんだろう。」

「私が母親でよかったんだろうか。」

などと、考えずに済んだことを感謝しています。

 

 

入院3~19週間目 (妊娠8週~24週)

・張り止めの点滴 (最終的には半日程度まで減りました)

・様子を見てトイレまで歩行可から病院内歩行可

・少しでもおなかの張りを感じたら横になる

・食事は座って取る(普通食)

・鉄剤投薬

漢方薬の下剤

・針治療によるアトピー治療・つわりの治療

 

・おなかの張りが強い時に、微妙に出血がありました。

・徐々に、起き上がっていても

 おなかの張りを感じるまでの時間が長くなっていきました。

 それでも、1時間程度起きているのが精一杯でした。

・つわりが始まって、吐き気があると力が入っておなかに張りが出るので

 食事量を自分で制限するようになりました。

 動かないので食事がとれないことの問題は特にありませんでした。

・担当医が漢方、針治療を取り入れている先生だったので

 アトピー、つわりの治療に取り入れました。

 ものすごく効くというわけではありませんが、

 アトピーについて「かなりいい」と感じました。

・天候によって、呼吸に変化が起き始めました。

 気管支喘息の診断がありました。特に治療はなく経過観察になりました。

・起き上がる時間ができて、同じ病室の方と交流する時間ができるようになりました。 

・本を持ってきてもらって、横になって読めるようになりました。

 

 

病院の方針で妊娠20週で、婦人科病棟から産科病棟に移りました。

 

 

この時期のサポート

 

お見舞いに来ていただけるのが、気分転換になってありがたかったです。

 

 

婦人科病棟は「がん患者」の方も多く、入院が長くなっているので

お見舞いに来ていただけるのはとてもありがたいです。

もちろん、治療の時期にもよるので

いつでもいいというわけではありません。

その日の状況を、看護婦さんに一声かけて

訪ねていただけるといいように思います。

 

 

入院患者の皆さんは、お見舞いの方の前ではつい頑張ってしまって、

夜中にぐったりしている姿をよく見かけました。

楽しそうにしていても、短めに面会していただけると助かります。

 

 

私は何の準備もなく、妊娠発覚の入院だったので

赤ちゃん雑誌や育児書の差し入れがありがたかったです。

赤ちゃん用品のカタログをリクエストして、

持ってきてもらったこともありました。

 

 

2~3度、お見舞いに行かれる方は、

差し入れのリクエストと時期を、本人に訊ねていただけると

喜んでいただけると思います。

 

 

私は時間があるという友人に、生理用品を買いに行ってもらいました。

主人に頼みにくい買い物だったので、助かりました。

 

 

産科病棟に移ってから、初めてママ友ができました。

 

 

退院前

 

入院20週間目 (妊娠25週)

・張り止め錠剤投薬

・鉄剤投薬

・シャワーOK

・普通食

 

・錠剤による張り止めが使えるようになって、帰宅準備期間になりました。

・看護師さん、助産師さんから、厳しい退院指導を受けました。

・無理なようなら、入院続行も提案されました。

  (この時点で子育てをしていたら、入院を続行していたかもしれません)

 

 

妊娠26週で退院しました。

 

 

 

退院後の生活

 

退院に際して、次のことを指示されました。

・できる限り入院生活と同じように過ごすこと

・立っている時間、歩いている時間をできる限り少なくすること

・荷物の持ち運びは不可

・入浴はシャワーで (のちの検診で入浴可になりました)

 

家事のすべてを、主人が主体ですることになりました。

平成3年は、お米が不作の年で、外国から輸入もあった年です。

野菜も高騰して手に入りにくく、

食事の準備が大変だったと思います。

 

 

 

いざ退院してみると、体中の筋肉が落ちていることに気が付きました。

病院ではベットでしたが、家では畳に布団を敷いていたので

起き上がるのが大変なほど筋力が落ちていました。

通院のため病院にいって、

入り口から産婦人科の受付までの数十メートル歩くだけで、

足がつることも何度かありました。

 

 

 

退院後のサポート

 

 

生活全般を主人に担当してもらうことになりました。

主人の職場での「出張免除」はとても助かりました。

出張ありきの職場での「免除」という形でのサポートは大きかったです。

 

 

当時、うちには車がなかったので

定期健診に通うために

送迎の車を出してくれた友人に感謝しています。

(なぜかタクシーが来てくれない地域でした)

 

 

マタニティ用品を購入できていなかったので

様子を見て社宅内のママたちがお見舞いに下さいました。

先輩目線のその時々の判断で助けていただいて、ありがたかったです。

 

 

家での生活が落ち着いてきたころ、

グループ購入していた生協のメンバーが

仕分け後の商品を部屋まで運んでくださることを申し出てくれました。

おかげで買い物が楽になりました。

 

 

私の状況を知った社宅のメンバーや友人たちが、

新生児用品を御下がりしてくれました。

おかげで、新生児用品はほぼ購入せずに済みました。

当時、通販はありましたが、振り込み等に行けなかったので

助かりました。

 

 

妊娠35週を過ぎて、

ほぼ生まれてくれることに自信をもってから

親族に連絡しました。

状況を説明して、里帰り出産は不可能なこと、

生まれてからも私の体が動かないであろうことを納得してもらいました。

 (いろいろ、かなりの抵抗にあいました・・・)

 

 

出産

 

 

周囲の協力と、主人の努力で

ほぼ満期まで持たせることができました。

助産師さんに、私のようなケースで早産にならなかったのは珍しいと伺いました。

 

 

 

出産は自然分娩で、3460グラムで生まれることができました。

 

 

後で考えると、出産前日の晩8時ごろから、1時間おきの鈍い痛みがあって

午前5時ごろには15分おきの痛みになっていたようですが

時間が時間だったので、眠くて

陣痛だと気が付くまでに時間がかかってしまいました。

 

朝6時ごろ、通院を助けてくれていた友人に病院に送ってもらいました。

 

問診の途中で私が痛がるので、助産師さんが確認してくださいました。

すでに9センチ以上、進んでいるとのことで

「気の早い話ですが、次回の出産はもう少し早く病院に来ないと

 途中で生まれちゃいますよ。」

と、言われてしまいました。

直後に破水しました。

 

出産は12時過ぎでしたが、

長く入院していた病院なので看護師さん、助産師さんのギャラリーが多く

子供は次々、抱っこしていただいて

生まれてきたことを喜んでいただけて

うれしかったです。

 

 

 

余談ですが、

「無事、生まれました。」

と、報告を受けた主人は、お昼ご飯を食べそこねていることが気になって

なぜかうちに戻ってサンドイッチのお弁当を作り

病院に戻ったところで、

顔見知りの看護師さんに

「子供の顔も見ずに、どこに行っていたの!」

と叱られておりました。

 

なかなかおいしいサンドイッチでした (笑)

 

 

 

出産・退院後のサポート

 

 

私の子宮は子育てに向いていないのですが、

母乳は必要以上に生産する体で、

食べたものがすべて母乳になってしまいます。

 

半年以上、横になっていた体は

筋力が低下していてまともに動くことはできません。

大きめに生まれた子供の食欲はかなり多めで

がっつり飲まれるとめまいがするほどでしたが

それでも母乳が余って、絞り出さないと乳腺炎になりそうな状態でした。

 

 

 

生まれた翌週は、主人が1週間仕事を休んで家事を

2週目は、主人の母が

3週目は、私の母が

4週目は、当時大学生だった主人の妹が

分担してサポートしてくれました。

私自身はその間に、家事を始めることになりました。

 

 

日々重くなる子供に、強制的に筋トレさせられて

腱鞘炎を起こしながらも、何とか日常生活に復帰していきました。

 

 

子供との生活経験が全くなかったので、

肉体的にも精神的にもキャパオーバーになりながら

「○○って、かわいいね。」

と、自己暗示をかけながらの生活でした。

 

 

社宅内には第3子を生んだばかりの先輩お母さんたちが何人もいて、

・手抜きの方法

・手を抜いてはいけないところの見分け方

・手抜きしたくない時の方法

・しんどい時、人に頼る方法

・みんなで息抜きする機会

などを提供・伝授してくれて、助けてくれました。

 

ものすごく、恵まれた環境だったと思います。

 

 

 

 

 

まとめ

 

もともと生理不順があったこと、

不正出血が続いたこと

それ以前にも、気が付いた時には流産しているという経験があったことなど

注意すべき点がありました。

 

ただ、第一子が生まれるまで、

自分が出産までたどり着けると思っていなかったので

必要な注意を理解せず、怠っていた感じがあります。

 

 

当時住んでいた社宅が、40件ほどのマンションでしたが

その年ベビーラッシュで、8人の赤ちゃんが誕生しました。

しかも、第一子を生んだのは私だけで

一組の双子を含むほかの7人の子供のお母さんは 経産婦さんでした。

 

海外での出産経験があるお母さんたちも多く、

妊娠中の過ごし方や出産に対する考え方が柔軟で

いろいろなタイプの妊婦さんがいることを実感としてわかっている方が多かったので

その時々のサポートが、必要なものばかりでとても助かりました。

 

 

突然の入院で、連絡が取れなくなったため

友人たちには心配をかけました。

それでも遠くから、新生児用品を送ってくれたり、

おむつの用意をしてくれたりと

たくさんのサポートをしてくれました。

 

 

このころの経験から、

自分一人ではどうすることもできないことがあると

気が付くことができました。

自分では頑張りようがないことがあることも

何もしないことがベストの時があることも、

自覚しました。

助けを求めることが、

甘えることばかりではないとも思えるようになりました。

 

 

第1子が生まれるに至ったことで、

第2子を生む加減のようなものをつかんだ気がします。

注意できることもあることに気が付いた感じです。

 

それでも、第2子が生まれる前に一度流産しています。

診断では妊娠4週時点での流産です。

その状況から、

「気が付けという方が無理だな。」

と思いました。

第1子の担当医の言葉を思い出し、

「生まれてくるつもりがない子供だったんだな。」

と、割り切ることができました。

 

 

 

同じ社宅で第2子も出産しています。

この時のサポートも、本当にありがたいものでした。

その話は、第2子編に続きます。

  



 

 

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